すみながめは,オリジナルフォント「Tabashike」を2018年12月28日に一般公開することを発表します.Tabashikeフォントとしてデザインされたグリフはひらがなとカタカナですが,アルファベットやその他の文字のグリフも登録されているので,豆腐を出さずにそのまま使用することができるフォントです.下の画像はTabashikeの使用例です。

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上の画像を見て違和感を持った方が多いと思います.「Tabashikeはひらがなのフォントじゃなかったか?読めないぞ…」という感じに.実はTabashikeは読めない (読みにくい) ことを特徴としたフォントなのです.この記事では初州ういす (←著者です) がTabashikeをデザインするにあたって考えたことを記していきます (ちょっと長い記事です…).説明をすっ飛ばして,Tabashikeのダウンロード方法についてご覧になりたい方はこちらの記事をどうぞ.


文字を読むのは得意ですか?

ディスレクシア」と呼ばれる認知の一種があります.ディスクレクシアを持つ人はそうでない人と比べて,文字を読んだり書いたりすることに対して困難を感じる,というのがその主な特徴です.知的能力や一般的な理解能力に差はありません.ディスレクシアの特徴的な認知プロセスは文字に接したときにだけ現れ,絵や写真の理解に困難はありませんし,また乱視や近視などの視力の問題とも異なります.

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実際に私も,お子さんがディスレクシアを持っているという方と一緒に仕事をしたことがあります.総人口のおよそ1割 (少なくて5 %ほど,多くて17 %ほど) ,世界では約8億人の人がディスレクシアを持っているのではないかと見積もられています.例えば俳優のトム・クルーズ氏やハリウッド映画監督のスティーブン・スピルバーグ氏は,ディスレクシアを持っていることを公表しています.左利きの人の割合が8 – 15 %であるということと照らして考えれば,初州ういすはディスレクシアが普遍的にありうる認知の個性であると感じます.

なぜTabashikeを作ったのか

しかしながら,左利きの存在と比べると「ディスレクシアが広く一般に知られているとは,まだ言えない」という印象を持っています.初州ういすはこれを問題だと感じました.

こうした背景から,私はこの読みにくいTabashikeというフォントをデザインしました.デザインにあたって考えていたことは,「もしディスレクシアを持たない人がディスレクシアの認知プロセスを疑似体験できるとしたら,それはどんなものだろう?」ということです.「文字であることは分かる.でも読めない」とは,どのような体験なのでしょうか.

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ここまでこの記事に掲載した画像にはどれもTabashikeのひらがなまたはカタカナを書いていますが,すんなりと読めた人は少ない (あるいは全くいない) でしょう.この「文字らしきものであることは分かるけれども,読むことはできない」という違和感が,ディスレクシアの認知プロセスを疑似体験するのに少しでも役に立てばいいと考えています.

ただし,注意して欲しいのは「Tabashikeフォントは,ディスレクシアの人が認識する文字の様子を表現しているのではない」という点です.ディスレクシアを持つ人が文字を上手く認識できない理由には個人差があり,文字が動いているように見える人,文字がかすれているように見える人,文字が浮き上がったり沈み込んだりして見える人など様々です.

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Tabashikeフォントはディスレクシアの認知の様子を再現しているわけではありませんし,それを目指してもいるわけでもありません.初州ういすがTabashikeを通じて目指していることは,「認知の違和感」をより多くの人に体験してもらい,ディスレクシアへの理解のある人を少しでも増やすことです.

理解が重要である2つの理由

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では,なぜディスレクシアへの理解のある人を増やすことは重要なのでしょうか.いくつかの理由が考えられますが,初州ういすはここで2つの理由に言及したいと思います.1つの理由はディスレクシアを持つ人の利益のためで,もう1つはディスレクシアを持たない人の利益のためです.

理由1) 持てる能力をより発揮しやすくするため

ディスレクシアへの理解が普及した社会は、ディスレクシアを持つ人が持っている (読み書きとは別の) 能力や技能をより発揮しやすい社会となるはずです.現在の社会にはディスレクシアへの理解が不足していると初州ういすは考えています.現状のように社会全体がディスレクシアへの理解を欠いていると、ディスレクシアとは関係がない2次的な問題が発生する恐れがあります。

読み書きの困難を感じる人が周囲から適切な支援を得られなかったり、ひどい場合には「仕事が遅い」「ミスが多い」「集中力が無い」などと不当に評価されたりしてしまうことで、本人が自らを低く評価してしまうかもしれません。自己肯定感が弱まると、うつ病、不安障害、対人恐怖症などの2次的な問題が生まれる恐れが高まります。文字の読み書きに対する得手不得手が原因で、文字の読み書きとは直接関係がない別の問題が引き起こされて、様々な機会を奪ってしまうなどということは避けなければいけません。

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これらの問題はディスレクシアへの理解が社会に浸透することで避けることができます。そのためには,社会に広く「文字の読み書きに困難を感じる人もいる」ということがしっかりと認識される必要があるでしょう.社会全体にディスレクシアへの理解が広がれば,ディスレクシアを持つ人が,持ちうる能力をより発揮しやすい社会が実現できると思っています.

先に例に挙げたトム・クルーズ氏やスティーブン・スピルバーグ氏の周りには,きっと彼らの読み書き能力の個性に理解のある人がいて,その人は彼らそれぞれが秘めていた優れた能力を発揮するのを手伝ってくれたのでしょう.人口のおよそ1割,世界で8億人いるディスレクシアを持つ全ての人が,不当な抑圧に晒されることなく,自らの能力を存分に発揮できる社会にしたいと初州ういすは考えています.だから,ディスレクシアへの理解が深まることは重要なのです.

理由2) より多くの人に情報を届けるため

ディスレクシアへの理解が広がることは,ディスレクシアを持っていない人の利益にも繋がります.ディスレクシアについてよりよく知ることで、コミュニケーションのあり方を考え直すきっかけを得られるからです.そうすれば,より多くの人に情報やその人自身の意見を伝えることが出来るようになるのです.

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駅の案内板、電化製品の説明書、プレゼンテーションのスライド、ブログやSNSでの発信などといった「文字による情報発信」はとても多いですし、なくなることは無いでしょう。一方で,文字に依存した情報はディスレクシアを持つ人に届きづらいので,それらは想定よりも少ない人にしか情報を提供できていないかも知れません.

しかしディスレクシアというものがあることを知っていれば,それに配慮したデザインができます.スライドであれば文字の間隔を読みやすく配置するとか、駅の看板に端的で分かりやすい図を入れてみるとか、電化製品なら…と,いろいろな工夫をすることで、ディスレクシアを持つ人にも容易に伝わるデザインを実現できます。

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それによってこれまで以上に多くの人に多くの情報を届けることが出来るようになるかもしれません。個人や企業が発信する情報は価値のあるものですが、これまでは限られた一部の人にしか届けることができていなかったかもしれないのです。ディスレクシアへの理解を深めることで、価値ある情報をより多くの人に届ける機会を得ることができます.これがディスレクシアを理解することが重要である2つ目の理由です.

みんなが活躍する社会へ

ディスレクシアを持つ人でも読みやすいようにデザインされたフォントがあります.例えば下の画像には,OpenDyslexicはという有名なディスレクシアのためのフォントが書かれています.文字の上下を認識するのを助けるために,また行を認識するのを容易にするために,OpenDyslexicでは文字の下側が太くデザインされています.OpenDyslexicは問題を解決するためにデザインされたフォントであると言えるでしょう.

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その意味で,Tabashikeは問題を解決しません.これを使用することでディスレクシアが緩和されることはありませんし,むしろディスレクシアを持たない人にも混乱をもたらすものです.しかし,Tabashikeはこれまでに述べたような「ディスレクシアへの理解の不足」といった問題を提起しています.こうしたデザインはスペキュラティブデザインと呼ばれています.

イギリスのロンドンにあるRoyal College of Art (RCA) の教授であるAnthony Dunne氏によって提唱されたスペキュラティブデザインは,問題解決型のデザインではありません.未来に関する憶測を提示し,問いを創造するデザインです.まさにTabashikeの目指すこともそれと同じです.現状への問いを創造し,可能な未来についての予想図を提供します.

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本記事の初めにも登場した、初州ういすが一緒に仕事をした人 (お子さんがディスレクシアを持っている) は、Tabashikeフォントとディスレクシアへの認知向上について尋ねたインタビューに,次のように答えてくれました。

支援学級という障害に理解があるはずの場所でも、ディスレクシアはまだ認知があまりされていない現状で、口でいくら説明しても読める方には理解ができないのです。
そんな私にはTabashikeフォントがディスレクシアの問題提起ができるということは広まればとても素晴らしいことだと思いました。

Tabashikeフォントがどれほどうまくディスレクシアについての理解を広められるのか,初州ういすにはまだ自信はありません.しかし,これが必要な活動で,かつ重要な活動であることについては疑いを持っていません.Tabashikeフォントを通じて,ディスレクシアについて理解を少しでも多くの人に広めることができればと願っています.

ダウンロードしよう

冒頭で述べたように,Tabashikeを無料でダウンロードできます.この記事でダウンロードの方法を説明していますので,ぜひ試してみてください.

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