【眺墨賞】FES”AN #024

第24回となる2018年10月の受賞は,FES”ANです.FES”ANは1981年4月10日に開業した岩手県盛岡市の盛岡駅に所在する駅ビルで,東日本旅客鉄道 (JR東日本) の子会社である盛岡ターミナルビルによって運営されています.FES”ANの読みは「フェザン」ですが,この名前は岩手県の県鳥に指定されているキジの英名 pheasant (発音記号 /féznt/) に由来します.

このロゴで最大の特徴は、約物をダイアクリティカルマークのように使用している点です。…と言って、すっと意味が分かるでしょうか…?今回は文字の表記に関する用語に触れながら、FES”ANのロゴの面白さを解説していきます。
ロゴの特徴は、何と言ってもSとAの間に書かれたダブルコーテーションマーク (引用符) でしょう。ロゴを一見すると何の記号か分かりにくいかもしれませんが、店名を文字で記載するときには明らかにダブルコーテーションマークが使用されています。実際に盛岡市内で初州が撮影したFES”ANの広告ポスターもそうです。

ダブルコーテーションマークは約物の一つです。約物とはコンマ、ピリオド、コーテーションマーク、括弧 (日本語なら句読点) などのことで、それ自体は発音されないけれども、書かれた文章の意味を明確にするために使用される記号です。
ダブルコーテーションマーク自身はもちろん読める記号ではありませんが、それによって囲まれた部分が引用であることを示します。しかし引用であることを示すために、引用符は通常、開始と終了のセットで用いられます。特に引用を意味するでもないのに、なぜここにダブルコーテーションがあるのでしょうか?
本当のところは分かりませんが、初州はその理由を「読み方が『フェサン』ではなく『フェザン』であることを強調するため」であると推測しています。英語の中でsは色々な音で発音されます。softのsはスの音ですが、casualのsはズの音です。

造語である「fesan」が「フェザン」でなく「フェサン」と読まれてしまう恐れは大いにありえると言えるでしょう。デザイナーがあえて不自然な位置にダブルコーテーションを配置したのは、sを清音ではなく濁音で読んで欲しいということを示すためではないでしょうか。初州はそう考えています。
このロゴが面白いのはここからです。実はみなさんがご存知の通り、日本語には「清音」と「濁音」を区別するための記号がありますね。そうです、「濁点」です。日本語には「す」と「ず」を区別するために「゛」という記号が用意されています。

日本語にある濁点「゛」や半濁点「゜」は、ダイアクリティカルマークの一種です。ダイアクリティカルマークとは、既存の文字を使って別の発音を表現したいときに、その文字に追加される記号のことで、日本語なら濁点と半濁点、英語なら (例が少ないですが) 例えば Pokémon の e に付いているマークがそれです。

こうして見ると、FES”AN のロゴでは、引用符があたかも濁点のように使用されていると解釈することができます。引用符はその名の通り「引用」を表示するための記号であって、発音の変化を表示するためのダイアクリティカルマークではありません。しかしFES”ANのロゴでは、Sの発音がスの音でなくズの音であることを、ダイアクリティカルマークによって表示するのではなく、引用符によって表示しているのです!初州はこれを大変面白いと感じました。
まとめると、発音の変化 (ス音でなくズ音である) を表現するために、発音変化の記号であるダイアクリティカルマークを付ける代わりに、約物である引用符が使用されている点がFES”ANのロゴの面白い特徴でした。世界の文字の表記体系は様々ですが、日本語にしかないダイアクリティカルマークである濁点「゛」を、ラテン文字圏にもある約物である引用符「”」で代用しているのは、とても興味深い工夫であると思います。