【眺墨賞】修悦体 #035
眺墨賞は,素晴らしいデザインのロゴ・タイポグラフィなどに対し敬意を表し,独自に表彰するすみながめの企画です.毎月1つの作品を選び出し,素晴らしい作品のデザインの特色を解説します.

第35回となる2019年9月の受賞は修悦体です.修悦体は,岩手県出身の佐藤修悦氏が2004年に開発した書体デザインで,もともとはJR新宿駅の駅構内の案内表示のために発明されました.ガムテープで文字を書くときの字の「スタイル」を指して「修悦体」と呼ばれています.

修悦体の発祥について,Wikipediaの記述を参照してみましょう.改築工事をしていた新宿駅ではガムテープが手近にあって,それをある種の「筆記用具」として使うことは佐藤氏にとって自然だったのかもしれません.しかし私は,一時的な案内に過ぎない文字がこれだけの手間暇をかけて制作されていたことに,驚きと面白みを感じました.とても独創的ですよね.
2004年、JR東日本新宿駅東口で行われていた部分改築工事の際、鉄板の壁がいたるところに立っていたため迷路のような状況となっていた駅に誘導係として配置された佐藤が「声を使っての実際の誘導だけでは対応できない」として、ガムテープを使った案内表示を作り始めたのが「修悦体」の始まりである。
佐藤修悦 – Wikipedia
修悦体が有名になったのにはきっかけがありました.それは2007年8月26日から9月5日まで高円寺で開催された氏の個展『現在地』と,それに続くメディアでの特集です.

2007年、JR東日本日暮里駅に再び工事中の誘導係として配置された佐藤は、2回目の大規模製作を始めた。そこでトリオフォーが東京都杉並区高円寺にて佐藤の個展「現在地」をプロデュースしたところ、これを機に様々なメディアで紹介され始め、一躍 “時の人” となった。
佐藤修悦 – Wikipedia
例えば2007年8月6日の東京新聞で,修悦体が特集されています.他にもNHKや朝日新聞でも取り上げられたことがあるようです.

修悦体の特徴は,大胆な直線と細やかな曲線処理です.修悦体は駅の案内表示のためにガムテープで作成されるため,基本的な文字の構成部品は直線的です.ガムテープを貼ったそのままの直線が書体に反映されています.
しかしそれだけにとどまらず,画が折れ曲がる箇所では柔らかい曲線の形にガムテープが切り抜かれているのです.折れ曲がり部の外側のガムテープをカッターナイフで切り取り,それをカーブの内側に貼り付けることで幅の等しい線を作り出しています.


上に掲載した画像では「品」の字や,「京」の字などで,曲線処理の特徴をよりはっきりと見ることができます.また「山」の左右下端や「北」の中央下端の非対称性にも面白い特徴を見ることができます.しかしWikipediaの記述によれば,こうした特徴は作成時にアドリブで付与されているものだそうです.
(修悦体とは) 彼 (佐藤修悦氏) 特有の「直線とアールによって描かれた文字」を指す俗称。一定の傾向はあるものの即興性が強いため、特定の字がいつも必ず同じ形になるとは限らない。
佐藤修悦 – Wikipedia
「ある文字がいつも同じ形になるとは限らない」という即興性も,そのデザイン性と並んで修悦体を魅力的にしている要素の一つでしょう.多くの人が修悦体の書体スタイルを模倣して再生産することができるように,佐藤氏が監修した修悦体の作り方の本も出版されています.

特定のグリフをもって「これが標準の修悦体」とすることはありませんが,ひとつのベンチマークとして個展『現在地』で展示されたカタカナ50音表は参考になるでしょう.

初州はこの個展を観覧していないため,ひらがなや漢字のレパートリーがどれほど作成され展示されていたのかは分かりませんが,50音が揃ったこの表は修悦体を代表するものと言えるでしょう.
修悦体が発明された2004年当時には,初州は修悦体のことを全く知りませんでした (東京に住んではいたので,新宿駅や日暮里駅で見かけたことはあったのかもしれませんが).私が「修悦体」という言葉を知ったのは20019年7月のことでした.
このツイートの発言者の狩野宏樹氏は,フォントベンダーの株式会社イワタのタイプフェイスデザイナ (またはソフトウェアエンジニア?) の方だと思われます.言い方が曖昧で恐縮ですが,次の2点から初州が推測しています.
- 「コンピュータと文字の関わりに興味を持って20年、気がついたら秋葉原に近い会社でフォントをこしらえていました。」 (氏のTwitterプロフィール)
- 「技術部 狩野宏樹」 (イワタのウェブサイト)
また氏は,すみながめオリジナルフォント Tabashike の制作でも使用したオープンソースソフトウェア FontForge プロジェクトでも,膨大な量のマニュアルとソフトウェア本体内のテキストの翻訳の形でも携わっています.私自身,このマニュアルを調べてFontForgeスクリプトを書いたことがあるので,名前はよく知っている方でした (お目にかかったことはありませんが…笑)