【眺墨賞】スクエアクーフィーと九畳篆 #009
眺墨賞は,素晴らしいデザインのロゴ・タイポグラフィなどに対し敬意を表し,独自に表彰するすみながめの企画です.毎月1つの作品を選び出し,素晴らしい作品のデザインの特色を解説します.

第9回となる2017年7月の受賞は,スクエアクーフィーと九畳篆です.これらはそれぞれ別の言語の2つの書体 (書法) です.特定のデザインを指したものではなくスタイルの名称のため,少し眺墨賞の趣旨から外れますが,私が最近特に強い印象を受けたデザインであるため取り上げます.私がなぜこれらの書法に魅力を感じたのかというと,どちらも機械のような圧倒的な幾何学的整然性を備えていたからです.

スクエアクーフィーはアラビア文字の書法であるクーフィー体の1つであり,アラビア文字の最古の書法です.九畳篆は中国語の書法であり,中国語の篆書体の派生書体の1つです.これらそれぞれについて解説していきます.
スクエアクーフィー
私がスクエアクーフィーを知ったきっかけは,次に引用する1つのツイートです.
引用したツイートは,クーフィー体の中でも特にスクエアクーフィー体に言及しています.Wikipediaから簡単な概要説明を引用しましょう.
クーフィー体(英: Kufic、アラビア語: خط كوفي)はナバテア文字より発展したアラビア文字最古の書法である。イスラム教が生まれた当時にはアラビア半島全域においてすでに使用されていた。クルアーンの最初の写本はクーフィー体を用いて記されている。
クーフィー体は曲線的な筆致ではなく、角張った直線形の字体である点が特徴としてあげられる。
クーフィー体 – Wikipedia

クーフィー体は7世紀後半頃に発明され,角ばった直線でアラビア文字を書く書法です.角ばった直線的なデザインのため長方形との相性がよく,建築に用いられるタイルなどの装飾に広く用いられました.この直線性・直角性を特に強調して書かれたクーフィー体を square kufic ,または geometric kufic と呼ぶようです.作例を2つ引用します.


九畳篆
九畳篆 (九畳篆) はアラビア語ではなく,中国語すなわち漢字を書くための書法の1つで,宋代以降の各王朝において官印に用いられました.九畳篆を私が知ったきっかけは,先に引用したツイートへの自己リプライのツイートでした.
篆書という,これもまた漢字の書体の1つですが,その画を長く伸ばし、幾重にもぐねぐねと曲げて装飾性を高めた書体として,九畳篆は発展しました.装飾部の折れ線が印面を埋め尽くすように布字されるため、見ての通り判読性はかなり低いものとなっています。下に1つ作例を掲載します.

これら2つの書体は,人が書いたとは思えないような整然とした幾何学的図形であることが非常によく似ています.場所も文化も使用される文字も異なるアラビア語と中国語が,それぞれ独自にこのような独特の書体を発明したとすれば驚きです.
九畳篆は宋の時代に発明され,元の時代以降も使用されていたと言います.白舟書体を作成する株式会社白舟書体の会社ウェブサイトには次のような記述があります.ちなみに宋王朝の時代は西暦960年から1279年までを指します.
中国の宋・元の時代に印篆の崩しを文様化・意匠化し、幾重にも曲がりくねらせた線で構成された篆書の九畳篆が、官印などの印章に盛んに使われるようになってきました。この場合「九」というのは多いという事を表していると考えられます
白舟九畳篆(はくしゅうくじょうてん)┃白舟書体 伝統的書体から遊び心溢れるデザイン筆文字のフォントまで
一方で,スクエアクーフィー体の発祥ついて,このような興味深い説明もなされています.
The origin of square kufic may derive from two sources.
The first may be from the contact between Islam and China around a thousand years ago. A simple adaptation of Arabic kufic script into the mould of Chinese seal script.
The second theory is that square kufic derived from architectural adaptations; in that the architectural tradition in the area where square kufic originated had a long tradition of applying patterns to buildings in a square grid or cartoon.
Square Kufic
これを抄訳するならばこんな感じでしょうか.
スクエアクーフィー体の起源について,考えられる仮説は2つある.
1つは,約1000年前のイスラム文化と中国文化の接触から生まれたというもの.これはアラビア文字のクーフィー体が,中国の官印の型に似るように変形されたという仮説だ.
もう1つは,スクエアクーフィー体は,クーフィー体が建築物に適応して発生したというもの.スクエアフィー体の発祥地には,建物に四角い格子模様を描く伝統があったのだ.
Square Kufic
クーフィー体の発明がおよそ7世紀後半であり,宋王朝の開始が960年であるとすると,少なくとも1つ目の仮説の時系列に矛盾がありそうに思えます.しかしスクエアクーフィーがクーフィー体から派生して誕生したことを考えると,「クーフィー」「スクエアクーフィー」「九畳篆」の3者の時代比較となり,それほど単純ではないかもしれません.さらにややこしいことに,引用文中の ”the mould of Chinese seal script” が正確に九畳篆を意図しているとも分かりません.
それぞれがどのような発祥であったのか,詳しいことは専門家でないと分からないかもしれません.お互いに作用し合いながら発展したにせよ,それぞれが独立に発展してきたにせよ,この2つの書法が魅力的であることには変わりません.
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