【眺墨賞】曲率の櫛 #042

眺墨賞は,素晴らしいデザインのロゴ・タイポグラフィなどに対し敬意を表し,独自に表彰するすみながめの企画です.毎月1つの作品を選び出し,素晴らしい作品のデザインの特色を解説します.

眺墨賞 表彰盾

第42回となる2020年4月の受賞は Curvature comb です.これを日本語で言うなら「曲率の櫛」でしょうか. Curvature comb は特定の商品名や企業名ではなく,グラフィックソフトウェアで用いられることのある「曲線の曲がり具合を可視化したもの」です.

曲率の櫛とは?

とても分かりやすい説明を見つけたので紹介します.このスライドの中で紹介されているもデモページで遊んでみるとより理解が深まることと思います.

ベジエ曲線のなめらかさについて社内勉強会で語った – しろもじメモランダム

曲率の櫛を簡単に説明するなら,曲線の曲がり具合を視覚的に表示したもので,曲線の背中側 (丸まってる側でなく反っている側) に描かれる複数の直線のことです.下の画像では,櫛の歯が短いほど曲線の曲がり具合が小さい (つまりより直線に近い) ことを表し,反対に櫛の歯が長いほど曲線の曲がり具合が大きい (つまりより急なカーブである) ことを表しています.

曲率の櫛

さて,これは何の役に立つんでしょうか?実はこの「曲率の櫛」は Autodesk 社の ALIAS のような CAD ソフトなどで実際に表示することができるのですが, Inkscape にはまだ表示する機能がありません.しかしこれが何の役に立つものなのかを理解すれば,きっとこの優れた発明のメリットを感じることができると思います.以下では「曲率の櫛は何に使うのか」を見ていきましょう.

なぜかしっくりこない曲線

みなさんは Inkscape のペンツールを使っているときに「なにかしっくり来ない.どうも滑らかに見えない」という曲線に出会ったことはありませんか?その感覚は至極まっとうなもので,しっくりこない,どこか滑らかさに欠ける曲線ではある種の滑らかさが損なわれているのです.それを確かめるのが「曲率の櫛」の役目です.

スムーズノードを使っているけど,どこか滑らじゃない…

上の画像の左の曲線を見てください.ボキっと折れ曲がった箇所はない (Inkscape 用語で説明すれば「シャープノードはない」) ですが,かと言って美しく引かれた曲線という感じもしませんね.滑らかではあるけどどこかいびつな感じがすると思います.実はこの「言語化しづらいいびつさ」を明瞭に表現するための道具が「曲率の櫛」なのです!

曲率の滑らかさ

この「言語化しづらい歪さ」の正体は「曲率の不連続」なのです.詳しい説明はさきほども引用したスライドに譲りますが,要は「曲率が滑らかでない」つまり「”曲がり具合” が滑らかでない」という状態なのです.

曲率が一定の比率で変化するような曲線のことをクロソイド曲線といいます.Inkcsape ではこのクロソイド曲線 (曲率の変化が滑らかな曲線!) を簡単に書くことができます.Inkscape のペンツールの「スピロパスを作成」がまさにそれです.

さっきと同じ点を通り,かつ曲率の滑らかな曲線!

Inkcsape では曲率の櫛を表示することはできませんが,もし上の画像の曲線に曲率の櫛を表示すれば,その長さは滑らかに接続するでしょう.つまり,曲率の櫛の長さがある部分で突然長くなったり短くなったりせず,その長さの変化はなだらかなものになるでしょう.

本質的にこれまでに同じ内容ですが,最初に紹介したスライドの主要なページを引用しましょう.「何かしっくりこない歪さ」を数学的な概念を用いて定量化しています.

曲線の滑らかさと, G⁰,G¹,G² 連続 [出典]

デザインに数学知識を活用しよう!

デザインをする上で数学知識は欠かせないものではありません.無ければないで,独創的な作品を生み出すこともできるでしょう.しかし「高い品質の作品を繰り返し安定して生み出したい」「無駄な試行錯誤を減らせるコツを身に着けたい」と思うなら,数学の知識はそれを手助けしてくれるでしょう.Inkscape 解説記事 #005 でこのような引用を紹介しました.

デザインが過度に機械的で退屈なものに見えない範囲で、角、曲線、角度は、できるだけ数学的に正確にした方がいいでしょう。つまり、目測やフリーハンドでこれらの細部を描こうとせず、数字に従うのです。

6つの簡単なステップで改善するアイコンデザイン | デザイン | POSTD

曲率の櫛の概念はやや数学的で,読者の中にはこれを難解に感じた人もいたかもしれません.しかも Inkscape には曲率の櫛を直接表示する方法はありませんから,興味や実感を持ちづらいテーマかもしれません.Inkscape にはスピロパスという素晴らしい機能が実装されているので,曲率の櫛の概念を知らなくても滑らかな曲線を描き出すことができるようになっていますが,今度スピロパスの機能を使う際には「この美しく滑らかな曲線を保証してくれるこの機能は,曲率の櫛という数学的概念に裏付けられているんだなあ」と思いを馳せてみても良いかもしれません.

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